至高の豚まん、ここにあり。

神戸と横浜、港町が生んだ最高の豚まん文化を味わう

【神戸】三宮一貫楼 寄り過ぎず、シンプルを極める。

神戸で愛され、72年。
はじまりはひさご食堂という小さな大衆中華だった。
一貫して手作りにこだわり、シンプルを極めた。
今では街のソウルフードになった。

【横浜】江戸清 贅さの原点は肉。

明治27年創業、食肉業から始まった肉のプロ集団。
その知見を武器に、多くのグルメ通をうならせてきた。
中華街には今日も、ひときわ長い行列が並ぶ。

新聞社の記者が迫る、ご当地豚まんの魅力

神戸新聞社と神奈川新聞社がタッグを組んだ、特別企画。
港町・神戸と横浜、それぞれの地域で
長く親しまれてきた
豚まんの魅力を深堀する。

リポーターを務めるのは、両新聞社の現役記者たち。
日々、地域と向き合い、街の声を拾い続けてきた記者による
現地目線で紐解いていく。

神戸と横浜が誇る、豚まん文化。
知るほどに食べたくなる。
新聞社ならではの視点で届ける、「豚まんの物語」を
ぜひご覧いただきたい。

【神戸】三宮一貫楼

三宮一貫楼の歴史

三宮一貫楼の外観

昭和29年に神戸市兵庫区荒田町で前身である「ひさご食堂」として創業した。昭和35年に一貫楼共同組合に加盟し店の名を「荒田一貫楼」と改めた。現在の本店である「三宮一貫楼」は、昭和41年に2号店として開店した店だった。

豚まん誕生の物語

せいろに並ぶ三宮一貫楼の豚まん

看板商品である豚まんは、三宮一貫楼の開店にあたり、
先代社長が招聘した職人・山本昭生氏によって考案されたものだった。いまは3代目がその志を継ぎ、神戸のソウルフードとして、多くの人々に親しまれる存在となっている。

「親切な店」であり続けるための想い

三宮一貫楼のスタッフ

「立派な店よりも親切な店であれ」という先代社長の教え。
そして「誠実に商売をする」という創業者の方針を大切にしてきた。阪神・淡路大震災などの困難も、スタッフの団結力とお客さまの励ましで乗り越えてきた。地域と支え合う。豚まんを通して笑顔を届ける。三宮の街に寄り添い続ける。そんなあたたかい姿勢で歩んできた。

変わらぬ手作り製法

割った豚まんの断面

毎日1万個近く作られる豚まんは、今も一つひとつ想いを込めて手作りされている。力のいる工程には機械を取り入れながらも、発酵の見極めや練り加減の調整は、熟練の職人の経験と勘が支えている。季節や気温の変化に向き合いながら、変わらない美味しさと安心を届ける。手仕事と効率化を両立したものづくりが、今も受け継がれている。

【横浜】江戸清

横浜中華街で受け継がれる130年以上の歴史

横浜中華街の風景

江戸清は、明治27年に横浜で精肉店として創業し、130年以上にわたり歴史を重ねてきた。長年培ってきた肉の知識と技術を背景に、横浜中華街の発展とともに歩んできた存在。

観光客とともに生まれたブタまん

夜の横浜中華街

平成元年にブタまんの販売をスタート。横浜中華街が観光地として発展する中で、「食べ歩きできる商品」を求めて開発された。本場中国の料理人を招き、約1年半の試行錯誤を経て、日本人の味覚に合う一品として完成した。

精肉店の伝統が支える確かな品質

割った江戸清のブタまん

創業時から続く精肉店としての強みを活かし、使用する豚肉には一度も冷凍していない“フレッシュ豚肉”を採用。ウデ肉・バラ肉・モモ肉をバランスよくブレンドし、旨みと食感を両立させている。こうした素材と技術の積み重ねが、他にはない味わいを生み出す。

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